
1990年代半ば、トランスミュージックのシーンは急速に変化し、特にオランダが新たな中心地として浮上してきました。この時期、アーティストたちは新しいスタイルのトランスを生み出し、商業的成功を収める中で、音楽の本質が変わっていきました。本記事では、アップリフティング・トランス、ボーカルトランス、ダッチトランスの進化について詳しく解説します。
アップリフティング・トランスの登場
1990年代中盤、セレブDJの時代が到来し、トランスシーンはドイツと英国にとどまらず、オランダへと重心を移しました。この時期には、Hooj ChoonsやBonzai Recordsなどのレコードレーベルが数々のヒットを生み出しました。アントヘム(アンセム)という言葉は、ハードトランスの時代からトランスの重要な要素となり、新たなスタイルが誕生しました。アントヘムとは、聴衆が共感しやすいメロディやリフを持つ楽曲を意味しています。このスタイルは、ハードトランスとアントヘムハウスの要素を組み合わせて、商業的に成功したサブジャンル、アップリフティング・トランスを形成しました。
アップリフティングは、主にオランダで発展しましたが、そのルーツはカリフォルニアのアレクサンダー・シュルギンの自宅実験室にさかのぼります。彼が発見したMDMA(エクスタシー)は、トランス音楽と不可分な関係を築くこととなります。
アップリフティング・トランスの具体的な例
アップリフティング・トランスの音楽は、高揚感や感情的なメロディが特徴で、聴く人々に深い感動を与えることを目的としています。以下に、代表的なトラックとアーティストをいくつか紹介します。
- Ferry Corsten – “Out of the Blue”
このトラックは、アップリフティング・トランスの象徴的な楽曲で、キャッチーなメロディと壮大なブレイクダウンが特徴です。リリース当初から多くのDJによってプレイされ、トランスのクラシックとして今でも愛されています。
- Armin van Buuren – “Blue Fear”
Arminのデビューシングルであり、彼のキャリアをスタートさせた重要なトラックです。この曲は、感情的なメロディとシンセサイザーの美しいフレーズが印象的で、聴く人に強い印象を残します。
- Tiesto – “Adagio for Strings”
このトラックは、サミュエル・バーバーの「アダージョ」を基にしたリミックスで、トランス音楽の中でも特に高揚感を持つ作品です。Tiestoの独特なアレンジにより、クラブやフェスティバルで大ヒットしました。
- Gareth Emery – “Concrete Angel”
この楽曲は、ボーカルをフィーチャーしたアップリフティング・トランスの名曲で、エモーショナルな歌詞とメロディが聴く人々の心に響きます。特に、ボーカリストの Christina Novelli の歌声が美しく、感動的な体験を提供します。
アップリフティング・トランスの音楽は、聴く人に高揚感や感動を提供することを目的としており、聴衆が音楽に没入できるように設計されています。このジャンルの特徴として、長いブレイクダウンやエモーショナルなメロディがあり、トランスの本質とも言える「感情の解放」が体現されています。
アップリフティング・トランスは、聴く人の心に響くメロディとリズムを通じて、他者とのつながりや共感を生み出します。このジャンルの楽曲は、しばしばクライマックスを迎える瞬間に特に強い感情を引き起こし、聴衆に一体感を与えます。
ダッチトランスとアップリフティング・トランスの関係性
ダッチトランスとアップリフティング・トランスは、密接に関連しているものの、異なる側面を持つジャンルです。両者はトランス音楽の大きなカテゴリに属し、オランダの音楽シーンから発展した点で共通していますが、スタイルや特徴には明確な違いがあります。
ダッチトランスは、オランダで発展したトランス音楽の一形態で、一般的にはよりエネルギッシュで、特にクラブやフェスティバルでパフォーマンスされることが多く、ダンスフロアを盛り上げることを目的としています。このジャンルは、速いテンポや力強いビート、さらには印象的なメロディが組み合わさっています。
ダッチトランスの具体的な例
以下に、ダッチトランスの代表的なトラックとアーティストをいくつか紹介します。これらの楽曲は、ダンスフロアでのエネルギーを引き出すことを重視しており、アップリフティング・トランスとは異なるアプローチを持っています。
- Gabriel & Dresden – “Tracking Treasure Down”
この楽曲は、ダッチトランスのエネルギーとメロディックな要素を兼ね備えた作品です。力強いリズムと美しいメロディが調和しており、聴く人に高揚感を与えます。
- Sander van Doorn – “Riff”
このトラックは、強烈なリフとビートが特徴で、ダンスフロアでの盛り上がりを促進します。Sander van Doornは、ダッチトランスのシーンで非常に人気のあるアーティストであり、彼の楽曲は常に高いエネルギーを持っています。
- Jochen Miller – “Lost Connection”
Jochen Millerのこの曲は、ダッチトランスのエッセンスを体現したトラックで、強力なビートとキャッチーなメロディが特徴です。ダンスフロアにおいて、聴衆を盛り上げる力があります。
同じジャンルか、異なるジャンルか
ダッチトランスとアップリフティング・トランスは、基本的には同じトランスミュージックの大きな枠組みに属していますが、アプローチや焦点が異なるため、異なるジャンルと考えることもできます。ダッチトランスは、主にダンスフロアを意識したビートとエネルギーを重視し、アップリフティング・トランスは感情やメロディに重点を置く傾向があります。
具体的には、ダッチトランスのアーティストであるArmin van BuurenやTiestoやFerry Corstenは、アップリフティング・トランスの要素も多く取り入れながら、ダンスフロア向けのトラックを制作しています。(今回はアップリフティング・トランスの代表曲として上記3名のトラックを紹介しましたが、上記3名はダッチトランスのアーティストとして有名になりました。)そのため、アップリフティング・トランスの代表曲がダッチトランスのセットリストに含まれることも多く、両者は相互に影響し合っている関係にあります。
総じて、ダッチトランスとアップリフティング・トランスは、オランダのトランスシーンにおける重要なスタイルであり、共通のルーツを持ちながらも、異なる音楽的なアプローチを持っています。どちらのジャンルもトランスミュージックの多様性を表現しており、それぞれの魅力が聴衆に新たな体験を提供しています。
商業化とトランスミュージックの変化
1990年代後半、トランスの商業化が進み、音楽のスタイルにも変化が現れました。アップリフティング・トランスは、エクスタシーの影響を受けて、よりメロディックで感情的な楽曲へと進化しました。この時期には、ボーカルトランスも盛り上がり、特に女性ボーカルをフィーチャーした楽曲が多くリリースされました。
例えば、Motorcycleの「As The Rush Comes」は、女性ボーカルと印象的なメロディを組み合わせたトラックで、早い段階からトランスシーンで広く受け入れられました。この曲は、エモーショナルなサウンドと壮大なビルドアップが特徴で、アップリフティング・トランスの代表的な楽曲となっています。
ハードアップリフティングの登場
1990年代後半、新たなスタイルとしてハードアップリフティングが登場しました。これは、アップリフティングの要素を持ちながら、より攻撃的なサウンドが特徴です。このスタイルもやはりオランダから発展し、ハードトランスの要素を取り入れたトラックが多く制作されました。
代表的なアーティストとしては、Markus SchulzやPaul van Dykが挙げられます。特にSchulzは、彼のトラック「The New World」で知られ、ダイナミックなビートとエモーショナルなメロディが特徴です。
ハードアップリフティングは、長いブレイクダウンや大きなドロップを特徴とし、特にオランダのプロデューサーたちがこのスタイルを牽引しました。これにより、ダンスシーンはさらに多様化しました。
テックトランスの登場
一方で、アップリフティングやハードアップリフティングからの影響を受け、テックトランスという新しいスタイルも生まれました。テックトランスは、商業主義やポップな要素から脱却し、よりトランスの本質に近い音楽を目指しました。しかし、徐々にアップリフティングの影響を受け、テックリフティングと呼ばれる新たなジャンルに変わっていきました。
テックリフティングは、アップリフティングの要素を持ちながら、より攻撃的で、サウンドが硬派な印象を与えるスタイルです。代表的なアーティストには、Simon PattersonやJohn O’Callaghanがいます。特にPattersonの「The One」は、テックリフティングの特徴を色濃く反映したトラックで、力強いビートと重厚なベースラインが特徴的です。
まとめ
トランスミュージックは、1990年代から2000年代にかけての変化を経て、ダッチトランスとして新たな進化を遂げました。アップリフティング・トランスは、商業化とともにそのスタイルを変え、ボーカルトランスやハードアプリフティングなどの新たなスタイルを生み出しました。これらの変化は、トランス音楽の多様性を広げ、現在のシーンへとつながっています。